マインドフルネスのプログラムがどのように健康に良い影響を与えるのか、その仕組みについて見ていきましょう。今回は特に瞑想に関する最新の理論的枠組みについて述べます。
ストレス反応サイクル
1つ目の理論的枠組みとして、ジョン・カバットジン博士の著書『マインドフルネスストレス低減法(原題:Full Catastrophe Living)』で紹介されているストレス反応のサイクルについて説明します。これはマインドフルネスストレス低減法(MBSR)8週間コースでも紹介されるものです。
この図の一番上を見ると、ストレスがどのように起こるかが分かります。
例えば、道を渡っているときに突然トラックが近づくと、びっくりして避けるでしょう。このトラックがストレスの原因(ストレッサー)です。他にも、仕事や、性別や民族の違いで差別を受けることもストレスの原因になります。
私たちは色々なストレスを感じたり、それをどう捉えるかを考えたりします。そして、脳でそれを処理します。例えば、前頭前皮質で考えたり、扁桃体でストレスの原因と認識したりします。そして、身体や心で反応します。ストレスは私たちの脳や身体にいろいろな反応を起こすのです。
突然のストレスがあると、目がよく見えるように瞳孔が開いたり、逃げたり戦ったりするために筋肉に血液が流れやすくなったりします。また、消化器系から血液を遠ざけたり、怪我をしたときに血が固まりやすくなるような体の変化が起こったりします。
これは短期的には良いことですが、長期的に見ると、慢性的なストレスになったり、ストレスに過剰に反応して身体が疲れてしまうことがあります。
図の左上の「自動的/習慣的ストレス反応」という部分を見てください。これが普通のストレス反応です。しかし、これがずっと続くと、体が上手く調節できなくなります。
例えば、不適切な対処(コーピング)をとってしまうかもしれません。長時間働いたり、食べ物・アルコール・タバコ・カフェインに頼ったりすることもあります。それが長い間続くと、体調を崩したり、依存によって身体にさらにストレスを与えたりしかねません。
不適切な対処を続けると、身体に負担がかかります。身体は栄養のある食べ物や適度な運動、十分な休息で適切に機能します。でも、食べ過ぎやストレス反応の過剰、運動不足、睡眠不足などが続くと、身体はうまく働かなくなります。
この状態を「過重なアロスタティック負荷」と呼びます。身体の安定をとるバランスのコントロールが働かなくなり、身体に過剰に負担をかける状態のことです。これは、不適切な対処や、ストレスのレベルが私たちのセルフケアの能力を超えると起こります。
このようなストレス反応の仕組みによって、健康は破綻に至ってしまいます。
反応ではなく対応へ
では破綻を避けるために、マインドフルネスはどのように作用するのでしょうか?
マインドフルネスストレス低減法(MBSR)では、私たちは3つの対象を観察することを学びます。それは、思いや考え、身体感覚、そして気持ちや感情です。
現在の瞬間の気持ちや感情はどうなのか、どんな思いや考えが浮かんでいるのかを観察したり、体の声に耳を傾けたりするトレーニングをします。
マインドフルネスのトレーニングでは、私たちは、ストレスを感じる瞬間ごとに、その瞬間にどう向き合うかを意識することを学びます。これによって、ストレスの原因(ストレッサー)と私たちの反応の間に、ちょっとした「間」を作ることができるのです。
たとえば、上司に怒られたり、恋人と喧嘩したり、差別的なことをされたりすると、私たちはすぐに反応してしまうことがあります。こんなとき、マインドフルネスのトレーニングを積み重ねていれば、まず一呼吸おいて、自分の感情や気持ち、身体の感覚、思いや考えがどんな状態かを観察しやすくなります。
このわずかな時間で、脳の論理的な思考をつかさどる部分(前頭前皮質)が働き、ストレスと反応のあいだに「間」が生まれ、より思慮深い対応ができるようになります。
これはマインドフルネスが効果を発揮する仕組みの大切なポイントです。自己認識の能力、すなわち自分の身体感覚や気持ち・感情や思い・考えを意識することで、ストレス反応の流れを断ち切ることができるのです。
これは「脱中心化」という方法と密接に関係しています。脱中心化は、現在の瞬間の思いや感情、感覚が自分のすべてであるかのように呑み込まれることなく、それらは移り変わっていく単なる思いや感情、感覚にすぎないと落ち着いて距離を取ることです。
自己調整の3つのプロセス
2つ目の理論的枠組みとして、Yi‑Yuan Tang博士とBritta Hölzel博士らによって開発されたマインドフルネスに関する理論的枠組みをご紹介します。この理論は、マインドフルネス瞑想が私たちの自己調整を高めるための3つの主なプロセスを示しています。
(PDF) The Neuroscience of Mindfulness Meditation (researchgate.net)
- 最初のプロセスは「自己認識」(図の右側)です。これは、自分の思いや感情、身体感覚を認識することです。このトレーニングによって、自分の感情や考え、身体感覚の状態をもっと良く理解し、より良い選択をしやすくなります。
- 次に「注意のコントロール」(図の左側)です。これは、自分が集中したいところに注意を向けることです。例えば、いま目の前にいるこどもや配偶者、いま取り掛かっている仕事、運転などに集中します。このトレーニングを通して、私たちは自分の心身のために大切な行動を取りやすくなります。
- 3つ目は「感情の調整」(図の中央)です。これは、自分の気持ちや感情を察知し、ストレスを素早く感知し、それに基づいて賢く対応することです。このトレーニングによって、自分の一時的な感情や思考に流されないようにすることができます。
このようなメカニズムを働かせるためには、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)で習う「S.T.O.P」は有効な手段です。S.T.O.Pは「止まる(Stop)」、「一呼吸おく(Take a breath)」、「観察する(Observe)」、「進む(Proceed)」の4つのステップの頭文字です。これによって、ストレッサーと反応のあいだに意図的に「間」を取り、感情や気持ちを素早く観察し、得られた洞察に基づいて行動しやすくなります。
心血管疾患への応用
この理論は、特定の健康問題に対応するためにも使われています。ブラウン大学のEric Loucks博士は心血管疾患への対応に応用しました。心血管疾患は世界中でよくある病気で、その原因は色々あります。例えば、喫煙、運動不足、食生活、肥満、高血圧、コレステロールの問題などが原因として知られています。マインドフルネスプログラムによって、これらの原因に適切に対処する方法を身につけることができます。
たとえば、タバコを吸うとき、自分がどう感じているかという自己認識を高めることができます。吸う前、吸っている最中、吸った後の気持ちや感覚などを観察することで、それが自分の心血管疾患に与える影響についても気づくことができます。
注意のコントロールも有効です。たとえば、食料品店で買い物をしているときに、健康に良くない食べ物にあまり目を向けることなく、健康に良い食べ物を選ぶことができます。運動することの大切さを常に意識して、ジムに通ったり、歩いて通勤したりすることもできます。
感情の調整も役に立ちます。たとえば、イライラがすることがあったら、その瞬間に感情を素早く察知し、怒りが高まる前に「S.T.O.P」で身体や心の状態を落ち着いて観察して、いらだちの原因と反応とのあいだに「間」をとりつつ、適切な対応につなげることができます。感情の乱れに流されて、過度なお酒や夜更かしなどの体調を崩す行動をとることを防ぐことになります。
この理論的枠組みは、心血管疾患にとどまらず、さまざまな疾患に応用することができます。
本記事はブラウン大学マインドフルネスセンター所長Eric Loucks博士およびJMC主催”マインドフルネスに基づくプログラムの科学”を参考に執筆したものです。